この映画をご覧になって三銃士に興味を持ってくださった皆様にお届けする原作解説です。
この映画は、アレクサンドル・デュマの小説「ブラジュロンヌ子爵」の後半部分をもとに作られています。この「鉄仮面」として有名なエピソードは、「仮面の囚人」と国王ルイ14世を取り替えるという陰謀にそれぞれの立場で巻き込まれることになる四人の銃士たちの晩年の活躍を描いたストーリーです。この映画の脚本を書き、かつ監督でもあったランダル・ウォレスは、この作品に流れる精神を尊重しつつも、我々三銃士ファンが腰を抜かしそうになるほど大胆に原作を脚色・整理して、あの娯楽映画を作り上げたのです。
この映画で三銃士が素敵に見えた皆様にとっては、小説の方も決して期待を裏切らない銃士たちが迎えてくれるはずです。ここで解説しますように舞台や設定に若干の違いはありますが、銃士たちの固い友情や超人的な活躍の数々と、手に汗握る陰謀や華麗な宮廷絵巻があなたを魅了するでしょう。この機会に原作を手に取っていただき、三銃士の世界に触れてくださる方が少しでもいらっしゃれば、我々ファンにとって至上の喜びです。
暴君ではないルイ14世
映画では、三銃士が力を合わせてフランスのために立ち上がり、暴君ルイ14世とフィリップを取り替えたという筋になっています。132分という限られた上映時間の中では、善悪がはっきりしていて分かりやすいこのパターンにせざるを得ないものがあったのでしょう。原作では、登場人物も多く、もっと複雑な関係が展開されています。その中でも最も異なるのは、国王取り替えに関わる人物関係です。
国王ルイ14世は、暴君ではありません。まだ若いために感情のコントロールができないことはありますが、聡明な君主として描かれています。ただし、幼い頃に貴族の叛乱で宮廷を追われ苦しんだ体験も手伝って、貴族が国王に勝る権力を持つことを警戒しています。また、自分に双子の兄弟がいることなど全く知らずに過ごしていました。一方のフィリップは、生まれてすぐに父王により宮廷から遠ざけられ、人知れず育てられますが、自分の出自に関わる手紙を目にしてしまったことで、前宰相のマザラン枢機卿によって(仮面なしで)バスチーユに幽閉の身になります。
国王取り替えの陰謀は正義のため!?
この秘密を知るアラミスによって陰謀の準備が進んでゆきます。彼は、この国家機密によってイエズス会管区長のポストを得、フーケ財務卿の莫大な資力をバックに要塞島を建設、フーケの城に国王取り替えのためのからくりを仕込んで、国王をこの城で催される大園遊会に招待します。国王に対抗できる権勢を持ち、公金横領の疑いさえある大貴族フーケは、映画には登場しませんが、小説では重要なキーパーソンの一人。彼は国王にとって目の上のコブであり、その失脚は時間の問題でした。友人フーケの危機を救い、自らはローマ法王を目指すアラミスは、公爵位に憧れるポルトスをも仲間に誘い、陰謀を実行に移します。一方、銃士隊長で国王の懐刀でもあるダルタニャンは、アラミスが以前から何か企んでいると気付いていましたが、詳しいことは何も分からず、警戒する以上のことができないでいました。
国王取り替えは成功したのか?
あらかじめ懺悔聴聞僧として何度かフィリップに接触していたアラミスは、宮廷内部の状況をこと細かに学ばせ、イエズス会員であるバスチーユの看守に身分を明かし、フィリップを正々堂々と略奪。アラミスの説得によりこの陰謀に加担することを決心したフィリップは、翌日の夜にフーケの城で国王と入れ替わります。夜が明けると、ルイ14世はバスチーユへ、そして国王となったフィリップは、側近としてアラミスを指名。成功を確信したアラミスは、何も知らずにいたフーケに事の真相を打ち明けたのでした。ところが、あまりにも高潔であったフーケはアラミスの陰謀に反対し、自分の身が危険になるのも省みず、本当の国王を救うためにバスチーユに向かいます。彼に反対されたアラミスは、陰謀が失敗したことを悟り、ポルトスと共にベル・イルの要塞島へ逃亡。陰謀に激怒した国王は、フィリップに鉄の仮面を付けて地中海の孤島に幽閉、ダルタニャンにフーケを逮捕させ、ベル・イル追討の命令を出します。アラミスとポルトスをなんとか助けようと知恵を巡らすダルタニャンでしたが、コルベールがことごとく彼の企ての裏をかいてしまい、ダルタニャンとしてはどうすることもできませんでした。ベル・イルでの戦いでポルトスは戦死。かろうじて脱出したアラミスは、スペインに亡命します。
国王の愛妾はクリスチーヌならぬルイズ!
アトスの息子ラウルの許婚がルイ14世に見初められたエピソードは、国王取り替えの事件と並行して繰り広げられていきます。かつて女嫌いだったアトスが、旅先で出会ったシュヴルーズ公爵夫人の誘惑に抵抗できずに、一夜を共にして生まれたのがラウルことブラジュロンヌ子爵です。アトスは父母の名を隠したまま、彼を養子として慈しみ育てます。子供のいないダルタニャンやアラミス、ポルトスも彼を自分の息子同然にかわいがります。そのラウルが心から愛しているのが幼なじみのルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。青年時代に恋愛によって破滅した過去のあるアトスは、ラウルが恋に夢中になることに漠然とした不安を感じます。
やがて二人は婚約し、ルイズは、王弟妃の侍女として宮廷に入っていきます。ところが、国王が当時夢中になっていた女性がこの王弟妃アンリエット。さすがの国王も義理の妹との恋愛を大っぴらにできないため、その隠れみのとして選ばれたのがルイズでした。アンリエットに会うためにルイズに接近した国王は、彼女を次第に愛するようにゆきます。一方、ルイズも男としての国王を愛しており、ラウルへの気持ちが兄に近いものであったことに気付いてしまいました。
若さゆえの嫉妬から国王は、相変わらず熱烈にルイズを愛するラウルをイギリスの宮廷に派遣して彼を遠ざけますが、友人によりルイズの疑惑を知らされたラウルは、再びフランスに戻り、国王とルイズが愛し合っていることを知ってしまいます。絶望するラウルを案じ、アトスはルイズを息子に下賜されるよう国王に直談判しますが、自分以外の男との形式だけの結婚さえ耐えられない国王は、この請願を拒否。アトスは国王の前で剣を折ることでこれに抗議し、国王と決別します。その後ルイズをどうしても思いきれないラウルは、アフリカ遠征軍に参加。戦死してしまうのです。
ダルタニャンの恋??
ダルタニャンに関しては、ある意味でこの映画は原作を超えてしまったかもしれません。彼の国王に対する忠義心の数々や豪胆な活躍ぶり、そして三銃士への友情は、原作でも十分に堪能できます。ダルタニャンは、幼い国王が貴族の叛乱で身の危険にさらされていた頃から、国王の側近くで命をかけて彼を守ってきました。国王の不実を前にしては、剣を自らの胸に突き立てることも厭わずに激しく国王を諌め、ルイ14世も彼に絶対の信頼を置いています。
しかし、許されない恋に身を焦がすダルタニャンは、映画だけの美しいエピソードです。彼は青年時代に王妃の危機を救ったことがありますが、それは彼自身の恋人に頼まれたのと、英雄的な行動に憧れての行動に他なりません。その後、彼の恋人として紹介される女性はありますが、ほとんど色恋のエピソードには無縁でむろん家庭を持った形跡さえもありません。ましてや、父親の名乗りができずに苦悩するダルタニャンというのも、ウォレス監督の創作です。だから、この映画の恋するダルタニャンに魅せられた方にだけは、原作をお勧めする勇気がありません。映画のほうでじっくり堪能してください。
しかし、その代わりに原作には忠義と友達の板挟みで苦悩するダルタニャンがいます。彼は国王から何度も親友たちの逮捕命令を受けます。友達を救うため、東奔西走し、時には命を賭けて国王に直談判する彼の姿は、映画とはまた別の魅力にあふれています。
原作を手に取るまえに
現在入手可能な原作の完全訳は、ブッキング発行の「ダルタニャン物語」全11巻です。「仮面の男」に出てくるエピソードはこれの後半部分10〜11巻にあたります。ダルタニャンたちの若かりし頃の活躍から順に全巻読んでいただくことになりますが、これまた決して退屈しない波乱万丈のストーリーとなっていますのでぜひ挑戦してみてください。図書館なら品切れ状態となっている講談社文庫版も比較的見つけやすいようです。
書店では角川文庫の「仮面の男」が見つけやすいかもしれませんが、これは原作から「鉄仮面」のエピソードだけを抜き出したダイジェスト版です。もし、手っ取り早くこれを読むつもりならば、同じ角川文庫から出ている「三銃士」上・下巻をまず読んでからの方が分かりやすいでしょう。ただし、複雑な人物関係やエピソードをかなり割愛してあるので、原作の雰囲気が半減している点については、あらかじめご承知ください。
<©三銃士ファンクラブ銃士倶楽部/文:No.19 いせざきるい>