キャンデロロファンのためのダルタニャン講座


フランス人のヒーロー「ダルタニャン」

「三銃士」の主人公ダルタニャンは、同時代に同じくガスコーニュ生まれの悲恋の詩人で剣豪、シラノ・ド・ベルジュラックと並んで、フランス人が大好きなヒーローの一人。17世紀のフランスに実在し、ルイ14世に信任され、銃士としてフーケ財務卿逮捕など幾つかの密命を実行した人物です。田舎の貧乏貴族の末息子だった彼がパリの銃士隊に入り、剣一本で身を立て、末は大銃士隊隊長として出世してゆくというサクセス・ストーリーは、150年ほど前にデュマの筆によって、更に生き生きとした物語に生まれ変わりました。
「三銃士」は、冒険と友情という教育上好ましいテーマを含むゆえに、子供の本としても大量に出版されています。(あくまでダイジェストですが。)だから、デュマの描いた壮大なダルタニャンの物語すべては知らないにしても、フランス人なら「三銃士」のあらすじはたいてい知っているし、主人公のダルタニャンを好ましく感じているのだと思います。日本でいうと「豊臣秀吉」とか「真田十勇士」の物語がちょうどそんな感じでしょうか。(で、吉川英治や司馬遼太郎が書いた大衆小説として世間に広まったっていうような)
もちろん、ダルタニャンはフランス人だけのヒーローではありません。元祖冒険物語として、今でも世界中で翻訳され続けているデュマの「三銃士」は、幾度となく映画や演劇にも登場しています。新作映画「仮面の男」に主演するディカプリオがダルタニャン役をやりたがったということからも、その人気がうかがえます。
ですから、今期のプログラムでキャンデロロ選手が「ダルタニャン」をテーマに選んだのは、実にフランス人らしい選択だと思います。実際彼は、「ダルタニャンと共に氷の上に立っていた」というコメントを残していますし、思い入れのあるヒーローと同化することで精神的にもサポートされていたのではないでしょうか。また、今考えてみれば、世界中の人に理解できるテーマとして、オリンピックを念頭に入れた最適最強のプログラムを選んだということも言えるでしょう。

「ダルタニャン」の演技解説

彼の演技で「ダルタニャン」がどのように表現されていたか見ていきましょう。もちろんこれは、デュマの物語「三銃士」をもとに組み立てたのだと思います。
まず、ガスコーニュの田舎からパリへ上京したての若々しくて血気盛んな青年像を、キャンデロロ選手は前半続けざまに決まったジャンプと剣を振り回す演技で見せました。この頃のダルタニャンときたら、鼻っぱしばかり強くて、誰彼かまわず決闘を申し込み、三銃士とまで一度に決闘する羽目になる暴れん坊でした。
そして、三銃士と友情を結んだ彼は、下宿屋のおかみに恋をします。彼女が王妃の下着係だったことから、ダルタニャンはその才覚を発揮して、王妃の危機を救うためにダイヤの房飾りを取り戻します。中盤のスローテンポの曲に合わせて、ロマンチックに滑っていたパートがそれに当たります。口髭をひねり、大切そうに何か抱えていた仕草は、取り戻してきた房飾りを恋人に渡す場面でしょうか。
その直後、事態は急変。王妃の手助けをした彼の恋人は、陰謀の張本人リシュリュー枢機卿の一派によって連れ去られてしまいます。彼女に会うことも叶わないまま、戦争に出かけなくてはならなくなるダルタニャン。そして、恋人に迫る危機。世界をあっと驚かせたフェンシングスタイルのストレートライン・ステップで、ダルタニャンの激しい戦いを余すところなく演じていました。
そして、ラスト。本当の物語では、恋人の死が待っているのですがどうやらこれは省略されたよう。(ダイジェスト版ではよく省略されるエピソードなのです。)彼の剣の腕と才覚がリシュリューにも認められ、銃士隊副隊長に任命されたという場面でしょうか。栄光に向けてゆっくりと階段を昇って行く、そんな印象の滑りでした。
以上あくまで筆者の見方に過ぎませんが、このプログラムを理解する手助けになれば幸いです。

ディティールに凝ったコスチューム

コスチュームのディティールも凝っていました。長髪、口髭、皮手袋に長靴は、当時の典型的な貴族ファッションでした。スケートで動きやすいように工夫された上着やズボンもちょうちん袖や剣帯のエッセンスを取り入れており、ほとんど違和感のない出来栄えでした。
手袋が左右違うというのも、注目点でした。右手に剣を持つため大きくて丈夫な皮手袋をしているということでしょうが、彼はその上に大きな指輪まではめていました。これは、かなり動きが制限されて万一転倒したときは、危険ではないかと思うのですけど、本当のところはどうなのでしょう?(フィギュアに詳しい方の解説をお待ちしています。)演技の大筋には全く関係ないと思われる、このディティールの凝り方に、三銃士ファンの面々は、彼が相当「三銃士」の物語を理解しているらしいと感じて大喜びしてしまいました。なぜなら、この「指輪」のアイテムは、デュマの物語中ダルタニャンと重要な関わりがあるのですから。
まず一つは、王妃の房飾りを取り戻すために働いた褒美としてもらったダイヤの指輪。これは、その後賭け事の対象となってひと悶着起こし、最後には王妃の恋人の危機を救うために売られました。しかし彼が相変わらず銃士隊に留まっている二十年後に、巡り巡って彼の上官であるマザラン枢機卿の指で輝いているのを見ることになります。この指輪は、折りにふれて何度も物語中で話題になる、ダルタニャンの青春の思い出の品なのです。
そしてもう一つは、サファイアの指輪。これは、彼が夢中になっていた女スパイからだまし取ったもの。ところがこれ、三銃士の一人アトスが、かつて彼に心の傷を与えた妻にプレゼントしたものだったのです。結局、この指輪は戦争準備のための質草となってしまいます。
キャンデロロがはめていたのは、ルビーのような赤い指輪だったのですが、おそらく前者のダイヤの指輪をイメージしたものだと思います。氷上では、ダイヤモンドは目立たないのであえて赤にしたのではないかと推測しているのですが、果たして真相は?キャンデロロ氏にインタビューする機会のある方がいらっしゃいましたら、ぜひ聞いていただきたいところです。

手袋の扱いについて補足
当時の銃士ファッションでは、もちろん手袋が左右違うということはなく、両手に皮手袋をしていました。三銃士の映画を見た方はご存知でしょうが、左右に二本の剣を持って戦うこともあったようですし、馬に乗るときには、手綱を握らねばならなかったからです。それをキャンデロロ選手があえて右手にしかはめていなかったというのは、筆者の推測だとスケート競技上の何らかの理由で両手にすることができなかったのだと考えています。服装規定なのか、それとも安全上の理由か
...。それで、演技のためにどうしてもこだわりたかった右手にのみ皮手袋をしたのではないでしょうか。うーん、かえって謎が深まってしまったような解説ですみません。他の見方があればぜひ教えてください。


P.キャンデロロ選手の「ダルタニャン」INDEX

©三銃士ファンクラブ銃士倶楽部/文:19 いせざきるい>