「ダルタニャン物語」に登場する従者たち
●プランシェ(ダルタニャンの従者)
ピカルディー出身。トゥールネル橋の上から唾を吐いて水の上に輪をつくっていたところ、思慮深さを買われてポルトスによってスカウトされる。一日30スウのお給金をもらう。腕には自信があり、ワルドの従者を一撃で押さえつける。冷えるとリューマチが出る。機転が利き、用心深く、勇気があり、人相を見るのが得意。
「旦那さまは、まだわたくしという人間をご存知ないんですよ。これでもいざとなれば、なかなか度胸があるつもりなんで。」
●グリモー(アトスの従者)
話をすることを禁じられ、主人のちょっとした身振りや唇の動きだけで意思を読み取れるよう仕込まれている。(読み間違えるといきなり引っぱたかれる)主人の人柄や頭のよさに心から打ち込んでいる一方、火のように恐れてもいる。用心深く、主人の命令なしでは口をきかない。
●ムースクトン(ポルトスの従者)
ノルマンディー出身。本名ボニファスを主人の命名で変名。着るものとと寝るところさえ立派なら、という条件で出仕。(・・・ということは、お給金なしで住み込みしてる訳ですねー!)一日二時間だけ暇をもらって、自分の食い扶持その他を稼いでいる。ポルトスのお古でお仕着せを作ってもらっている。主人思いで頭の切れる男。旧教徒。特技は密猟でスペイン人直伝の投げ縄の腕前は誰にもひけをとらない。ふつうの男なら四人はたたきのめすことができる。
●バザン(アラミスの従者)
いつも黒い服をまとっている。ベリー出身。35〜40歳。おとなしい、穏やかな性格でぽってり肥っている。宗教書の読書が趣味。料理上手。見ざる、言わざる、聞かざるの三拍子そろった男で、忠実さにかけては、人にひけをとらない。抜け目のない男。枢機官になる野心がある。
プランシェたちは、従僕?従者?下男?
まずは、ダルタニャンら四銃士に従うプランシェ・グリモー・バザン・ムースクトンについての考察から始めてみましょう。
第7章「銃士の内幕」の文章から比較してみると、彼らは、鈴木力衛訳の「ダル物」では『従者』『下男』(第二部以降は『従僕』も)と訳されています。(生島遼一訳の岩波文庫では『従者』『下僕』、竹村猛訳の角川文庫では『従僕』)一方、原書では、『le laquais(お仕着せを着た従僕)』『le
valet(召使い・下僕・従僕・侍従・家令)』という語が使われています。
訳語もフランス語も、時代によって微妙なニュアンスを持っている上に、イギリスで使用人制度が確立する18世紀以前のフランスが舞台なので、言葉から使用人のカテゴリを察するのは難しいかもしれません。(今回の特集では、以後「ダル物」に従い『従者』という語を使わせていただきます)
具体的に彼らのお仕事として物語に出てくるのは、以下のようなものです。
@お給仕(食事の世話)
Aベッドメイキング
B使い走り・連絡係
C長靴の手入れ(衣類の世話)
D馬の準備、馬の世話
E主人の護衛(戦闘時は武器携行)
F留守番
G荷造り
彼らのお仕事は主人の護衛や伝令を勤める『従僕』的なお勤めと、主人の身の回りの世話をする『従者』的なお勤めの混ざったような形でしょうか?独身の軍人にとって手助けが必要なことといったら、まあこのあたりが妥当という感じですね。
ちなみに、密偵とされるローシュフォールも、ダルタニャンたちへの自己紹介場面で「リシュリュー枢機官殿の従者」と名乗ってます。(自ら『密偵』と名乗るのも変かも・・・ちなみに原書ではecuyer『侍従・近習』)リシュリュー級の貴族になると、相当数の使用人を雇っていたはずなので、仕事も階級も細分化しているはず。ローシュフォールは、伝令や諜報を担当する家来といったところでしょうか。
ご主人たちの名言集
「主人たる者は召使のあいさつの他には耳を貸すものではない」(アラミス談)
「従者なんて、女と同じようなものさ、初手からピタリと押さえつけておかねばならんのだ。」(三銃士談)
「おれはそのうちにかならず出世する。いまにもっとよいご時勢が廻ってくるに相違ない。おれのそばについていれば、おまえの将来も大丈夫保証する。いま、おまえに暇を出して、せっかくの将来を台なしにするのは、主人としておれの忍びないところだ」(ダルタニャンの口説き文句)
「人を使うには長所ではなく、短所を見ろ」(アラミス談)
オルレアン公家(ガストン)の使用人
「ダル物」6巻2章から、モンタレーやルイズの父母が仕えるオルレアン公爵ガストンが住むブロワ城の様子から使用人の様子を見てみましょう。
@朝方、殿下が二人の従者(盾持と狩猟頭)と二人の小姓(一人は鷹を持ち、もう一人は狩りの角笛を手にする)と狩りに出る
A狩りから戻って居間に入り、従僕に手伝わせて着替え後に仮眠
B奥方が身支度を整えると合図として鐘が鳴る
C殿下がサロンで奥方の手をとり、夫婦揃って食堂で朝食
D昼食まで、別々の部屋で過ごす
E午後二時に鐘が鳴ると、食器部屋の扉が開き、二人の給仕長を先頭に、銀の蓋をした皿をいっぱい乗せた台を運ぶ八人の給仕人がそのあとに続く
F番兵は一人の小姓と二人の給仕長のあとについて、食堂まで食事の護衛
G小姓は殿下の盃に飲み物を注ぐ
H来客は執事のサン・レミ(ルイズの養父)が取り次ぐが、彼は、ルイ十四世行幸の際には、司厨長としても活躍
また、ルイズの母サン・レミ夫人はオルレアン公爵夫人のおそば仕えで、パリに上京する前のモンタレーが自称、腰元代表。(食後に奥方の散歩に随行)再婚した夫の肩書から考えるにサン・レミ夫人は女使用人を管理する立場かな・・・。
同じく、アトスの母も以前ブロワ城にいたマリー・ド・メディシスのおそば仕えをしていたらしく、王家と繋がりの深い公爵クラスのおそば仕えには、地元の貴族の奥方や娘が担当すると考えられます。
オルレアン公妃(アンリエット)の侍女たち
「ダル物」7巻で新王宮にて行われたアンリエット王女の婚儀後、女官(侍女)の紹介が行われるエピソードがあります。「あらゆる種類の美人を鑑賞する機会に恵まれた男たちにとっても、これは確かにうっとりするような光景」と称された娘たちは・・・
@トネー・シャラント嬢(後のモンテスパン夫人)
Aオール・ド・モンタレー嬢
Bラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢(ルイズ)
Cシャレー夫人
Dラファイエット夫人
Eヴァランチノワ夫人(ギーシュの妹)
Fクレキ嬢
Gシャティヨン嬢
女官の人選/マニカンからギーシュ、ギーシュから王弟殿下への紹介で成立
女官の監督/ナヴァイユ夫人
「妃もわたしも、目のまえに醜い人間がいるのは嫌いなのでね。妃が美人ばかりを侍女に選ぶなら、わたしも美男子ばかりの侍従を持ちたいのさ。」 (王弟殿下談)
使用人一覧
『召使いたちの大英帝国』(小林章夫/著)より、使用人文化が確立された18世紀のイギリスの様子をまとめてみました。「三銃士」の舞台である17世紀フランスでは、ここまで細分化されていなかった可能性も高いですが、参考になりますので紹介しておきます。(●印は「ダル物」中の登場人物解説)
ランク |
呼び名 |
仕事内容 |
別格 |
料理人 |
パーティー用コース料理担当(コック、シェフ)/使用人の中で一番の高給取り、主にフランス人が好まれる 女料理人(ミセス)/通常の食事や子ども・使用人の食事、台所の管理 *更に菓子用の料理人を雇う家も ●フーケの料理人ヴァテル |
男上級 |
家令 スチュワード |
男性の使用人頭で、使用人を束ね家事一切を取りしきる 家計管理、家庭内の雑事、外の世界との交渉など 雇用権限もあり、他の使用人には絶対服従を要求 |
男上級 |
執事 バトラー |
酒類の管理人でテーブル席上の責任者、玄関で客を出迎え家令のいない家では、代役も <ジュニア・バトラー(見習)/アンダー・バトラー(補佐)> ●ルイズの養父サン・レミは、オルレアン公爵ガストンの執事、マリコルヌは王弟フィリップの執事へ ●銃士退役後に主人と共に領地へ向かったグリモーとムークストンは、この執事か家令クラスに昇格したと思われる |
男上級 |
御者 |
自家用馬車の運転 |
男上級 |
従者 付き人 ヴァレ ヴァレット |
身分の高い人の衣服や化粧の管理・雑用等、身の回りのお世話係 食事の席では主人の後ろに控え、狩猟や旅行にも同行 家令や執事、従僕がいない家では、代役も *独身の主人に雇われることが多い ●四銃士の従者プランシェ・グリモー・バザン・ムースクトンら、物語には多数登場 ●「三銃士」時代のプランシェたちは、エピソードから察するところ、この従者と次の従僕を兼ね備えた役割をしていたと考えられる |
男上級 |
従僕 フットマン |
主人の護衛役、介抱役、明かりの維持手配 急ぎの手紙を配達、先触れを果たす *体力に優れ、忠誠心が高く、しかも敏捷、長身で容姿端麗にしてなおかつ腕っ節も強い男が理想とされた <ペイジ(従僕の下働き)> ●晩年のダルの従僕としてラボー |
男下級 |
厩番・馬丁、育児室雑用係、狩猟係、庭師など |
ランク |
呼び名 |
仕事内容 |
別格 |
家庭教師 女家庭教師 (カヴァネス) |
子どもの教育係 ●「アニ三」のフランソワはフィリップ王子の家庭教師、リシュリューはルイ13世の家庭教師という設定 |
女上級 |
ハウスキーパー ミセス |
女性使用人を束ねて管理し、奥方やお嬢様の身の回りの世話が行き届くように配慮 高級菓子の手配、救急医療 *年齢がかなり高く、厳格にして真面目、しかもある程度教養のある女性が好まれた(別作品だけど「ハイジ」のロッテンマイヤーさんのイメージかな) |
女上級 |
小間使い 侍女 |
奥方付きで身づくろいの手助けや私室の整理 高価な宝石の管理担当 *若くて背が高く、明るく従順、健康、教養、正しい言葉遣い ●ルイズやモンタレーはオルレアン公妃の侍女、ケティーはミレディの侍女など、物語中に多数登場 |
女上級 |
乳母 ナニー |
子どもの世話係 授乳用乳母(ウエットナース)/田舎の健康的な娘 育児室の管理(ドライナース) *幼児の育児に関して絶対的な権限を持ち、育児室には両親といえども勝手に入ることができなかった ●モットヴィル夫人がアンヌ王妃の乳母 |
女下級 |
女中 ハウスメイド |
掃除、ベッドメイキング、繕い物など 台所女中/洗濯女中/パーラー・メイド(食卓に侍する女中) ●ボナシュー家のレベルでも女中を雇っていた |
女下級 |
雑役婦 |
食品貯蔵室メイド、下働き、チャーウーマン(日雇女中) |
その他の使用人呼称 (日本語) |
侍従、使用人、奉公人、召使い、書生、下男 女官、お手伝いさん、下女 |
◆上級使用人は収入の多い家のみ雇用。個室を与えられ、自分専用の使用人が与えられることもあった。
◆下級使用人は、屋根裏部屋か地下室に何人も詰め込まれて住み込んでいた。
◆食事は召使い用に作られた場合と、主人や客のおこぼれが回ってくる場合がある。
◆衣類は「お仕着せ」として無料支給される。上級使用人は、主人や奥方と比べても見劣りしないものが与えられた。
◆来邸する客からのチップが小遣いとなった。バトラーは役目上、邸の酒を自由に飲める。奥方お気に入りの小間使いは化粧品や装飾品を貰えた。
●参考資料
「召使いたちの大英帝国」小林章夫/著、2005.洋泉社
<レポート:いせざきるい/©三銃士ファンクラブ銃士倶楽部2006>