アンヌ王妃とバッキンガム公爵の恋愛スキャンダル

フランス王妃とイギリス宰相の華麗なる失楽園の世界!

「あの方に初めてお目にかかった三年前から、わたしは恋に落ちてしまったのです。」今回、危険を冒しながらお忍びでパリに滞在し、シュヴルーズ夫人らの手引きにより、ルーヴル宮でフランス王妃と密会を果たしたという、イギリス宰相バッキンガム公爵は、二人の愛を熱く語った。


1625年5月、バッキンガム公爵は、イギリス国王チャールズ一世とフランス王ルイ十三世の妹、アンリエット・マリー王女の婚儀のためフランス大使としてパリへ派遣された。当時32歳、先代の英国王ジェームズ一世からの寵臣である彼は、大変な浪費家である上に評判の色事師で、これまでも何度か恋愛事件を引き起こしてきた。

一方、アンヌ王妃は24歳の輝くばかりの美女。夫からもリシュリューからも、いつも子供扱いされてきた彼女は、異国の騎士から一人前の尊い王妃として扱われたことが、身が震えるほど嬉しかったようだ。

一週間の短い滞在期間の中で、バッキンガムは、積極的に王妃に近づき、会話を重ねた。そして、夕暮れ迫るアミアンの庭園で、バッキンガムはつい我を忘れて彼女の足下にくず折れるように跪いて、胸の思いのありったけを告白したのだった。

「別れの挨拶にみえたバッキンガム公爵は、王妃さまのスカートのひだをつかまえて、狂ったように熱いくちづけをなさっておいででした。」(コンデ公夫人・談)

こうして甘美な一週間はあっという間に過ぎ去り、二人に別れの日がやって来た。

しかし、これで終わりではなかった。恋情募るバッキンガムは、アンリエット王女の嗜好を聞き忘れたという口実で、パリへ帰り着いた王妃のところまで再びやってきた。早朝、旅の疲れで眠っていた若い王妃の寝室に通された彼は、いきなり寝台の脇に身を投げ伏し、シーツに愛情をこめた接吻をし、すすり泣きながら彼女の夜着の中へ顔を埋めた。侍女のラノワ夫人が「公爵、そんな仕草はフランスの紳士がなさるべきことではありません。」とたしなめると、バッキンガムは平然と、「僕はフランス紳士じゃありませんからね。」と答えたという。

この噂は、すぐさまフォンテーヌブロー宮殿の国王の耳に入った。ルイ十三世の怒りは激しく、王妃の侍従は首になり、お付きの何人かも退けられた。王妃自身は、事件の前年に就任したばかりで新米のリシュリューの前で、夫からこっぴどくしかられることになった。以後、王妃は国王とリシュリューに反抗心を持つようになり、ますます自分の立場を危うくしていったのだった。

「世界じゅうをひっくりかえしても、六ヶ月以内にまたきっとあの方にお目にかかります。」――バッキンガム公爵の謎めいた言葉の真実は?

あの事件から三年を経た今でも、バッキンガムは自宅に王妃の等身大の肖像画をかけた秘密の祭壇を作り、毎晩のように彼女に愛を捧げるのだという。外交筋の話によると、フランスのラ・ロシェルで起きた新教徒の叛乱にイギリス軍が干渉する動きがあるようで、バッキンガムの関与については現在詳しく調査中である。

参考文献:「パリ物語2」寺中作雄/著、1980年新装版・東京美術/発行


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