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光明山摂取院
文明4年(1472)榊原安左衛門が十王堂を建て、26年後の明応7年(1498)賀天和尚の時 摂取院を建立しました。当初天台宗であったが、天明2年(1782)改宗して西山浄土宗に なったと言います。
本堂は室町時代の建築で、天明2年改宗時に茅葺から現在の瓦葺になり裳層をつけ 重層とした建物です。
本堂の裏側には県指定天然記念物のイブキがそびえています。


坂田山順正寺
順正寺の開基は宗閑法師と言う人で、永正十年(1513)この地に道場を創建して、 京都の本山実如上人から阿弥陀如来絵像(方便法身尊像)を賜って安置しました。
この尊像の裏書には
○谷本願寺実如花押
 永正十年庚酉六月二十八日
  小林光明寺門徒
 尾州智多郡坂田郷
   ○○場 ○○
   (○は字体不明)
と記されていて、上半田地域を16世紀頃には坂田郷と称していたことが分かります。
なお、坂田については「サカタ」と称していたのが、「ハンダ」となり半田と書くようになったのか、 元々「ハンダ」と呼んでいたのかは不明です。
この絵像は半田市の地名の由来を知る貴重な資料として、有形文化財の指定を受けています。

第六世休玄法師は中興の業をなした人で、寛文8年(1668)大野の光明寺より木佛と 尊像と寺号とを譲り受け、始めて順正寺と称することになりました。
この木佛は鎌倉時代初期、安阿弥の作でこれも有形文化財となっています。

順正寺のホームページ があったので勝手にリンクさせてもらいました。


海照山薬師寺
薬師寺は弘安2年(1279)樽水村(現在の常滑市)から片岡三左衛門という名の漁師が 坂田村(半田村の旧称)に移住し建立したということです。また海照山の山号は往時、 寺の前まで波が打ち寄せていて、堂の影が照映していたところから名づけられたと 伝えられています。
なお棟札によりますと、当初は天台宗であったのが、いずれの時代か改宗され、 寛文の頃(300年ほど前)には西山浄土宗になっています。


天萃山雲観寺
雲観寺は真宗無量寿寺の末寺で、永正6年(1509)創立され、了傳師が開基です。
文政4年(1821)本堂並びに庫裏を建築しましたが、本堂は明治8年(1875)失火のため 焼失し、翌年再建されています。


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