(02.6.24)
有脇2.5kmコース
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有脇公民館![]() |
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少し先で右折しこれから念仏坂をのぼります。
県道藤江半田線にぶつかったら右折し、東生見町の交差点でまた右折して今度は県道西尾知多線をしばらく
進み、半田東高校のところでV字形に逆行し、
東高校を右手に見て進みます。
この先は上池の周囲を回ることになります。
東高校が左手に見えるところで左折して行くと
このあたりは田畑と牛舎それに民家が混在していますが、どうも民家の方は周囲としっくりしない感じです。 だんだんと住宅地が拡大してくるということでしょうか。
この先は案内標識に従って進むと、再び県道西尾知多線に出会いますから、 これを進み緑ヶ丘9の交差点で右折して行けば
東生見町の信号で右折、有脇町2の信号で左折して、念仏坂を下ります。突き当たって左折すればすぐ右が、
その前に右折してすぐのところに
美術公園を過ぎたところで右折、突き当たって左折します。右手に杁廻間池を見てもう少し進めば、
蓮念寺は以前勅建の天台宗興善寺の末寺でした。寛永年間(1624〜1644)、住職日下修玄により転派し浄土真宗に改宗しました。 宝暦年間(1751〜1764)には今の蓮念寺の大伽藍が立派に再建されました。
ゆうれい半鐘の由来
今から300年前、山林支配の役人・神谷新蔵という者が夜遅く近くの藪のところを通りかかると、火の玉が出た。 気丈な新蔵は火の玉に向かって「なんの用だ、望みがあれば申してみよ」と叫んだところ、 数日前に死んだ弥冶兵衛の姿が現れ「生存中にためた金を三両、縁の下の壷の中に入れておきました。 その金で半鐘を買って蓮念寺に寄進して下さい」と言って消えた。
新蔵は翌朝下僕を連れ、弥冶兵衛の家の縁の下を探したところ、金三両が出たのでその金で半鐘を買って寺に寄進した。
山門の向こうに見える松は保存樹木クロマツです。
なお、蓮念寺の少し手前に福住寺への見にくい看板があります、そちらに行けば山門に着きます。
蓮念寺を出てすぐ左折します。突き当たって右折、やがて右手に一面田んぼが見えてきます。 そこで右折して、国道366号の手前で左折、水路のところで右折して進めば念仏坂を下ったところに出ます。
かみや美術館と春日神社一帯を春日山美術公園と称しています。
春日神社の境内には、中央に春日社、向かって左側に八幡荘、その前に護幸庵、右側に春日天神、
更に秋葉社、やけどの木があります。
春日社内には狩野守一画「風神・雷神」、天井画、江戸時代の絵画等があります。
八幡荘には江戸時代の屋台、狩野守一画「胎生」があります。
護幸庵には北川民次のふすま絵、飯野農夫也の版画があります。
春日社正面にかかっている額には梅原猛書となっていました。
春日社の祭神は経津主命(ふつぬしのみこと)、天津児屋根命(あまつこやねのみこと)、
品陀和気命(ほんだわけのみこと)で、例祭日は10月18日です。
大正14年(1925)に旧春日社(祭神は経津主命、天津児屋根命)と八幡社(祭神は品陀和気命)
が八幡社の場所に合併されました。そう言えば八幡神社の石碑が建ってます。
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