2004.02/03(TUE) Bangkok




      ヨッパライとテクニシャン


戦場に架ける橋=クウェー川鉄橋>
鉄道用の橋だが列車が来ない時は徒歩や自転車、バイクなども渡る。途中何カ所か退避する場所が設けてある。このクウェー・ノーイ川の水は澄んでいる。タイのこれだけ大きな川で、こんなにきれいな水は珍しい。

 今日、本来の計画では、加藤と一緒にカンチャナブリー観光に行く予定だったのだが、訳あって彼一人で行って貰った。

 カンチャナブリー県はタイ西部、ミャンマーとの国境に接し、バンコクから約130qの距離にある。
 この地が世界に知られたのは、映画「戦場に架ける橋」にも描かれた、戦争の悲惨な一幕の舞台となったからである。映画ファンでなくてもご存じだろうが、主題曲は口笛が印象的な、あの「クワイ川マーチ」である。

 このイギリス映画は、第2次世界大戦中、日本軍はビルマ(現ミャンマー)への軍需物資輸送のため、数多くの現地人や、何万人もの連合軍捕虜の犠牲のうえに敷設された、泰緬鉄道の悲劇が描かれている。
 アカデミー作品賞、監督賞をはじめ7つのオスカーを受賞した。主題曲「クワイ川マーチ」もまたオスカーを受賞したそうである。

 連合軍共同墓地、戦争博物館、クウェイ川鉄橋 (決してクワイではない) など見どころが多い。また、泰緬鉄道(現在はナムトク駅まで)も悲劇の歴史を伝えながら今も運行されている。
 泰緬鉄道に乗ってもよし、アルヒル桟道橋(突貫工事の際、爆破でデコボコになった岩壁にへばりつくように架けられた全長300mの木造橋)を時速5qほどの速度で慎重に渡る列車を眺めるもよし、沿線を散策するもよし、タイに来たら一度は訪れてみたい名所である。

<泰緬鉄道とクワイ川について>
 泰緬鉄道=かつては、バンコクからカンチャナブリー〜サンクラブリーを経て、ビルマの首都ラングーン(現ミャンマーのヤンゴン)まで続いていたのだが、現在はミャンマーとの国境に近いナムトク駅が終点。
 クワイ川、正しくはクウェー川=クワイと発音するのは間違いである。クワイといっても現地では通じないし、クワイとはタイ語で男の子のチンチンの事である。そんな川の名がある筈がない。だから上記の主題歌も正しくはクウェー川マーチだろうが、それでは今度は日本で通じないので敢えてクワイと記した。
英字(The River Kway)に書き直して読むと分かり易いのだが、そのまま読むとクワイになり、英語読みだとクウェーとなるようである。

 私はカンチャナブリーには2度程だが行った事がある。
列車もワンポーからバンコクまで通しで乗った。鉄道好きの私には、短く感じたおよそ5時間の楽しい旅だった。
鉄道本来の良さを味わうのなら、やはり3等の各駅停車、それも機関車で引っ張る、いわゆる客車列車なのだと改めて認識した旅でもあった。
今回私はカンチャナブリーには行かなかったが、有名な観光地なので、前に行った時の写真を数枚載せてみた。
これは泰緬鉄道のアルヒル桟道橋。
これが戦場に架ける橋/クウェー川鉄橋。最寄の駅はカンチャナブりーではなく、クウェー川鉄橋駅である。駅から橋まで歩いて5分とかからない。

 
 余談になるが、外国で働く(出稼ぎ)ミャンマー人やインド人の評判が芳しくないのには理由がある。彼らは皆貧乏で必要なだけお金を稼いだら、一日でも早く故国に帰りたいと願っている。故郷では年老いた親や幼い子供達が彼らの帰りとお金を待っている。彼らは経済面だけでなく、時間にも余裕が無いのである。
だからといって許される事ではないが、裕福そうな旅行者をみると、法外な料金をふっかけたり、時には置き引きや、掏摸などの犯罪を犯したりする者もいる。
 しかし、外国で働く彼らの上辺だけで、彼らの国や人々を評価するのは大きな誤りだと思う。一部の心得違いの人をみて、それが全てだと判断するような人はいないと思うが、やはり現地に行き、自分の目で確かめ良く(深く)考えなければ、真の姿は見えて来ないだろう。


 カンチャナブリー観光についてはこれくらいにして話題を変える。昨夜私は加藤に、「明日ノイと約束が有るので、悪いがこのツアーは一人で行ってくれないか?」と、頼むと彼は気持ちよく了承してくれた。(この件は昨夜が初めてではなく、以前から言ってあった)
 こんな中、加藤はまた朝早くパンダバスでカンチャナブリーに出かけて行った。

 約束の10時、ノイが来た。彼女は部屋に入ると抱きついて来た。その時、ふっと昨夜のパープルを思い出した。能書きには、30分前に服用すべしと書いてあった。まだ間に合いそうだ。私はノイに言ってみた。
「きのう君と別れてから風呂に入っていない。今から一緒に入らないか?」
彼女は何も疑わずに肯くと、風呂の用意にシャワーに消えた。

 私はパープルを口に含んで後を追う。狭いバスタブの中でノイと戯れ風呂からあがる。裸のまま肩を抱き合いベッドに倒れ込む。メイクしたばかりのベッドが台無しだ。
ノイのテクニックかパープル効果か、どうにか出来る状態になってくる。だが、コンドームを被せ入れようとしたが入らない。何故か濡れていないのだ。

 私の愛撫が下手なのか。ノイはいつもそれなりに反応していたのだがあれは演技だったのか。それとも濡れにくい質なのか。もしそうならそれなりの用意をしてからやるのがエチケットというものだ。
 ぐるぐると思いが頭の中で駆けめぐる。そのうちしぼんでしまった。

 他人はどうか知らないが、こうなると今の私はしばらく再起不能である。ノイはこのような中途半端な変なムードになっても悪びれない。
「お腹がすいた。食事に行きましょう」
ノイは明るくいう。これが彼女の良い所で、下手な慰めや言い訳は、かえって傷がつく。
「よしっ行くか」
と、私も元気に立ち上がる。

 ノイの案内で行った店は、ベンジャスリー公園のすぐ側にある百貨店・エンポリウムの4階にあった。「富士」という名の和食が主のレストランである。なかなかおしゃれな感じのこの店は、かなりの客が入っていた。
運良く眺めのいい窓際のテーブルが1つだけ空いていた。私はメニューを選びながら聞いてみた。
「ノイさん。飲み物は何にする?」
「ビール飲んでいい?」
彼女はニッコリ微笑むと甘えた口調で言う。
しかし驚いた。彼女よく飲むわ、食うわで大したものだ。

 最初のうちは私にペースを合わせ大人しかったが、そのうちどんどん飲み出した。
「酔っぱらい」
私はあっけにとられ思わず呟いていた。
「ヨッパライ?何ですか?」
ノイは私の眼をじっと見つめて聞いてくる。タイ語では、キーマオ(酔っぱらいと言うより飲んべえ)だ。と、ニヤニヤしながら教えてやると、彼女はあははと大きく口を開けて笑っていた。
「ヨッパライ・ヨッパライ」
少し酔ったのか、歌うようにいいながらまた飲み出したノイは、結局私の3倍は飲み、2倍は食べた。

 美味そうに食事をするノイを、私は見ているだけでも気持ちがよかった。
「美味しかった。またご馳走してくれる?」
と、いって微笑んでいた。
 ノイの誘いは嬉しかった。が、正直私は戸惑っていた。
34才の彼女は、若い娘とはいいにくい年齢かもしれないが、私とは問題にならない位離れている。こんな私と一緒に居て本当に楽しいのだろうか?彼女さえ良ければいくらでも付き合うが、食事程度なら私でなくてもおごってくれる男は沢山いる。

 繰り返すがノイの気持ちはすごく嬉しい。しかし、ノイならもう少しましな相手が見つかるだろう。
日本でもてない男がタイに来て、急にもてるはずがない。私は不思議な気がして彼女の顔を見ていた。
気配を感じたのかノイがこちらを向く。その顔はいつもの邪気のない明るい笑顔だった。
この時、突然思い出した。時計を見ると1時だった。

 昨夜オクサンにマッサージして貰っていた時、1時迄に来てくれるといいのだが、と言っていた。今ちょうど1時だ。
「ノイさん、そろそろ帰ろうか?」
 ノイを急かせてレストランを出る。冷房の効いたビルの中ではシャンとしていた彼女も、暑い外気に触れると流石に酔いが回ってきたのか足どりがおかしい。
余程気に入ったのか、ヨッパライ・ヨッパライと言いながらふらふら歩く。上機嫌である。

 ノイをアパートまで送り、オクサンの店に急ぐ。
「ナンバー8は?」
と、聞くと、この店のチユという女性のチーフは、「彼女は帰りました」という。そうか、それで1時迄に来てくれと言っていたのか。しかし、変な時間に帰るんだなと思ったが、一応納得し、ホテルに帰る。

 加藤は4時過ぎにツアーから帰ってきた。彼の機嫌の良さそうな顔を見て思い出した。
チェンマイの彼女が来るのは今日のはずだ。加藤にその事を尋ねると、「今頃彼女はバスの中で、夜の9時にこのホテルのロビィで逢う約束になっている。彼女はバンコクの親戚に用事があり、ついでに2・3日遊んで行くといっている」彼は嬉しそうにこんな意味のことを言っていた。

 夕飯は彼女と一緒に食べるという加藤と別れ、私は一人で夜のソイに食事に出かけた。
 結局この日から日本に帰る日まで、彼とは別行動になった。
 食事から帰ると、加藤がロビィで彼女を待っている。いま丁度9時だ。彼にウインクし、部屋に行く。さてこれからどうするか。思案のしどころだ。

 加藤は彼女とどこかのホテルに泊まるだろう。この部屋は、しばらくは私一人で自由に使える。
だが、もし加藤が何かの都合で彼女に会えなかったらどうなる?全てがパーだ。私はちょっと心配になり、様子を見にロビィに降りてみた。加藤の姿が消えていた。私は他人のデートが成功した事を喜んだ。

 ここまで来たついでに特に目的はないが、もう一度夜のソイに出てみる。いつもの見慣れた風景だ。ソイはこれから夜の盛りを迎える。
 狭い歩道を歩いていると、一人の女が店先の椅子に腰掛けている。(ここは何の店だろう。マッサージ屋か?)
側に行くと女と目が合った。しかし彼女は何もいわずに目を逸らすと、また物憂げに遠くを見ている。

 なぜか親しみを感じた。崩れた感じは否めないが、顔だちは整っている。投げやりな態度も気になる。
私は空いている椅子に腰掛ける。彼女はまたゆっくり私に視線を移すが相変わらず何も言わない。無視・・・とは違う。
注意してよく見ると、彼女の眼は私の身体を突き抜けて、何もないその先を見ているみたいだ。
「・・・・・・」
お互い一言も口をきいていないが違和感はない。彼女は口数は少ないが、というより全然喋っていないが、無愛想という感じはしない。何となく気の合いそうな女である。

 熱帯の夜は涼しく気持ちがいい。私はこのままここで黙って彼女と涼んで居ても良かったが、声をかけてみた。
我 「ここはマッサージ屋か?」
女 「そう」
彼女は短く答える。必要最低限、無駄口は一切たたかない。
我 「では頼もうか」
女 「ホテルどこ?」
どうにか解った。ここは出張が主の店のようだ。

 彼女と二人、ホテルに向かって歩きながらつまらぬ会話をする。
女 「1.5時間 600バーツだけど」
我 「いいだろう」
じきにホテルに着いた。

 マッサージ師を部屋に呼ぶにはカラオケ娘などとは違い、ジョイナーフィは要らないが、ホテル側との手続きがいる。その手続きを済ませ部屋に上がる。彼女は形だけマッサージを始めたがすぐ商談になる。
「わたしセックス上手、2.000バーツでどう?」
「だめだ、1.000バーツだ」
結局 1.500バーツであっさり商談が成立する。
この辺の呼吸は彼女も私も馴れている。バンコクのこの辺りでは1.500バーツぐらいが相場なのである。

 紹介が遅れたが彼女の名はチャット、28才で元ゴルフのキャデイ、中肉中背でプロポーションがいい。
彼女は最初から男女の痴技 (女性からの) が上手である事を強調していた。例えばフェラチオのテクニックなど、ゼスチャー入りで説明していたが、そのゼスチャーもなかなか堂に入ったものだった。
チャットはこのような際どい会話を照れもせず、真っ直ぐ私の眼を見て説明する。ニコリともしない。真剣な顔付きである。ちょっと変わっているが面白い娘である。

  チャットとのセックスはハッキリいってよく覚えていない。それほど良かったと思っている。
こちらはただ彼女に身を任せて居るだけで心地よい。わずかに覚えているのは彼女の女の中は温かく、これもまた心地よかった。
行為は長くはなかった。短かったが充実していた。 ただ、冷静になって今考えると、チャットは男を悦ばせる技術は一級だが、彼女自身はあの時覚めていたような気がする。

 チャットは他のタイ女性とは違い、めったに笑顔を見せない。全くといってもいい。
「貴方は少しケチ、だけど1.500バーツでいいからまた呼んでね」
彼女は帰り際にこう言っていたが、この時だけわずかに微笑んだようだった。

 蛇足になるが、1.5時間で600バーツというマッサージ料は、ずいぶん高いと思う方もいると思う。
 少し解説をすると、まず600バーツをホテルとマッサージ店で折半にする。マッサージ店の取り分300バーツの内200バーツを店側、残りの100バーツが彼女チャットの取り分となる。従ってホテルがピンハネするから高いのであって、本来のマッサージ料は、1.5時間300バーツで安くはないが、特別に高くもないのである。
 無論、ホテルとマッサージ屋とは契約を結んでいるので、普通にホテルのフロントにマッサージの依頼をすると、契約済みのマッサージ屋の彼女達が派遣されてくる。
故に今日の私のように、自分でマッサージ嬢を連れてくるケースはごく希だが、面倒でも私はなるべくこの方法を採っている。どうせなら気に入った相手の方が数倍いい。


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