スクムビットの女性たち
やすらかなるタイの東北部、イサーンに日本の東北地方を見た。
バンコクやチェンマイがタイランドなら、イサーンは外国ニッポンか?
ここには古き良き時代の日本があった。

イサーンが今注目を集めている。大挙して観光客が押しかけるようになった訳ではない。しかし、パッケージツアーの企画もボチボチ出始め、外国人旅行者の目がこの地方に向き始めた。
イサーンの旅はまず第一に、アンコール時代の遺跡が見所になる。遺跡巡りは交通が不便なのが常。旅の日程は一日でも、例え半日でも、できる限りゆったり組まないときっと後悔する。
時間さえ許せば、のどかなこの地で、まったりするのも悪くない。良き時代の日本の田舎に、タイムスリップできるかも知れない。物価は安いし人々は素朴であたたか。駆け足旅行には不向きだが、滞在型にはぴったりな、こんなイサーンに足を運ぶ旅行者は、年々増え続けるだろう。
今回利用するバンコク・ファランポーン行き急行列車は、イサーンの玄関、コラート駅を10時37分に発車する。バンコク着は15時05分、
およそ4時間半の旅である。途中停車駅は少なく、たしか5駅である。列車はディーゼルの3両編成と短い。これは北線を走るスプリンターと呼ばれる快速列車と同じである。
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| イサーンの中心都市コラート駅・正確にはナコーンラーチャシーマー駅。この街はイサーンの玄関口に位置する。 |
全車2等の座席指定。車両は古いがよく清掃され清潔だ。無論エアコン付きである。 |
今回初めて乗るので知らなかったが、スプリンターと唯一違うのは、食事や飲み物のサービスをしてくれる女性乗務員の姿が見当たらない事である。
昼食は付いていないのだろうか?飲み物は?改めてチケットを見たがよく分からない。しかし、食事が付いていないのなら、車内販売があるだろう。我々は心配しながらも楽観していた。
定刻に発車した列車は、イサーンの首都コラートを後に、ほとんどの駅を通過し、疾走りつづけている。
無視されたような小さな駅でも、あるいは急行の停まる大きな駅でも、タイの駅は隅々まで掃除が行き届き、きれいに整備されている。車内も何度かモップで清掃される。
韓国製のこの車両、通路を挟んで、進行方向を向いた座席が左右に二つづつ並ぶ。リクライニングするしエアコンもついている。勿論トイレもある。だがこの列車、致命的な欠点がひとつある。
列車の旅の楽しみの一つの飲食物が手に入らない。僕らの希望も空しく車内販売はないようだ。たまに停車する駅も窓が開かないので売りに来ない。
我々は何も買わずに乗車してから後悔した。若し食事が付いてなかったら4時間半、飲まず食わずと言う事になる。恐らくそうなりそうだ。ならば何故車内販売がないのだろうか?
各駅停車の売り子のおばちゃん達が懐かしい。
間もなく正午である。やはり何も配られる気配がない。残念だが諦めるより仕方ない。
あと3時間の辛抱だとも思ったが、先程から私は喉が乾いていた。空腹より水が飲みたかった。3時間はやっぱり長い。
私は無口になり、だんだん不機嫌になっていった。
斜め前の席では、私の嫌いなファラン(白人)とタイの女がベタベタしている。厭でも目に入る。
何もかもいっぺんでこの列車が嫌いになった。
乗務員に言えば水ぐらい分けてくれるだろう。だが私は意地になってしまった。乗務員の顔も意地悪そうに見えて来る。
列車がようやくバンコクに着くころ、今度は腹が痛くなってきた。泣き面に蜂とはこの事か。
車内で用をたすか、駅に着くまで我慢するか迷った。結局駅の方がゆっくり出来ると思い、辛抱する事にした。腹が周期的にシクシク痛む。
列車はわざとらしくのろのろ走り、ようやくバンコクに到着した。やたら長く感じたファランポーン駅のプラットホームだった。

バンコク・ファランポーン駅ホーム。この駅に到着した列車は、入線してきた方向に発車して行く。全てのホームが行き止まり、いわゆる終着駅の形になっている。
やっとの思いでトイレに駆け込み、出てきて水を飲み、どうにか落ち着いた。えらい目にあった。到着したホームの方を向いて睨む。
駅前のタクシー乗り場は今日も混雑していた。トクトクを無視しタクシーに行き先を告げ乗り込む。
この時間のバンコクの街は車が少なく走り易い。20分程でホテルに着いた。メーターを覗くと161バーツの所を示していた。
(あのトクトクめ、倍近くふっかけやがった)私はチェンマイからバンコクに着いた日、何気なく乗ってしまったトクトクを思い出す。
チェックインをすませ部屋に落ち着くと、空腹感がどこかに行ってしまった。腹が減りすぎたのだ。間もなく「みちづれ」が店を開く。それまで我慢出来そうだ。
加藤は明日チェンマイの彼女がバンコクに来るといっていた。さっき電話で連絡をとっていたがチェンマイは遠い。本当に来るのだろうか?
私は「今夜9時にノイに電話する約束になっているのだが」と加藤に告げた。
「それならその時間ホテルの部屋は譲る。マッサージか、ひょっとするとナナプラザに行くかも知れない。3時間ぐらいでいいか?」
と、言うと片目をつぶって笑った。
彼はこういう事は飲み込みが早い。加藤に感謝し、一緒に夕食をとりに出かける。
「みちづれ」での食事は相変わらず美味かった。料理の味は変わらなかったがここの従業員の顔ぶれは、1年半前とはすっかり入れ替わっていた。
バンコクは地方出身の人がほとんどである。左下の写真に写っている紅色のセーターの娘がワンさんでイサーンのルーイ、隣の人はラオスのビエンチャン出身だと言っていた。
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| みちづれにて/右側のワンさんはイサーンのルーイ・隣の人はビエンチャン出身だと言っていた。 |
賑やかなソイ22も昼間はありふれたただの道。正面奥に行くとソイ20にでる。 |
食事の後加藤と別れ、少し早いがノイの勤める「アジアヘルス」に行ってみる。中を覗くとノイがいた。
彼女は9時の約束は今夜ではなく、明日だと勘違いしていた。だから今夜の10時に他のお客と約束してしまったそうである。ノイも結構お盛んだ。
それならば今夜のデートは無理なので帰ろうとすると、ノイは顔を寄せ小声で囁いた。
「10時までには少し時間がある。それまでホテルに行っていい?」
「かまわないが・・・忙しいな」
私は薄く笑い、先にホテルに帰る事にした。
「アジアヘルス」からホテル迄5分とかからない。待つほどなくノイが来たので、早速始めようとすると彼女はシャワーに入りたいという。それは良い考えだと私も付き合い、バスタブの中で戯れる。
ベッドに戻り、さてこれからという時にドアがノックされた。
(チッ、この忙しい時に誰なんだ!)
舌打ちしながら ドアを開けると意外にも加藤が立っていた。
「パープルを見つけた。とりあえず2ケース買ったがまだ在庫が沢山ある。ちゃんとした薬局なので信用していい。いくつ欲しい?」
彼は私にパープルを1ケース押しつけ、興奮気味に一気にいう。
私は手にとって確かめてみた。パッケージのデザインが少し違うような気がした。それにパープルはもっと高価な筈である。
「在庫が沢山あるのなら明日でも買えるだろう」
といって私が1ケースだけ受け取ると、加藤は不満顔を残して立ち去った。
ネット情報によれば、パープルはタイ産の精力剤である。バイアグラ開発グループの一員が、バイアグラの欠点を補い開発した夢のような薬である。品薄状態が本場タイでも続き、そのため類似品も多く出回っている・・・。
仕切り直しみたいで折角のいいムードもどこかに飛んでしまった。
ノイにその事を言うと、明日10時にここで逢いましょうという。それなら今日はこれで帰るかと聞くと、まだ時間があるというのでベッドに入ったが、やはり盛り上がらない。
「明日にしよう」
もう一度私がいうとノイは、私がサービスをするからもう少しと粘る。
だが、駄目なものは駄目である。やっとノイも諦めた。
「明日の10時、午前10時よ」
と、彼女は言うと指切りして帰った。
ノイは不思議な女である。どうして何の取り柄のない私なんかに関わるのだろう。
今日でも約束の日を間違えたと言って、体よく断られたと思ったら、ホテルの部屋まで来てサービスする。
チップでも私が与えれば受け取るが、要求などはほとんどしない。
ノイと私では年齢的にも釣り合わないと思うのだが、明日も逢いたいと言っていた。何故こんな薄汚れた年寄りを相手にするのだろうか。
私にとっては有り難いが、狐に化かされているようで、やっぱり不思議な女である。
まだ10時前である。バンコクの夜はこれからだ。スクムビットのソイ 22は私の縄張りだが、1年半のブランクがある。アンの居たマッサージ屋も替わっていた。少し歩いてパトロールしてみよう。
私は夜のソイに出てみた。トクトクやタクシー運転手のレディの勧誘、カラオケ娘の手招き、マッサージの呼び込み、何も変わっていない。
屋台の食物の匂い、車の騒音、それらを浴びながら狭い歩道をゆっくり歩く。
とある一角の奥まった所に、見慣れぬマッサージ屋のネオンが浮かんで見える。側に行ってよく見てみようと思い近づくと、建物が新しく清潔そうだ。
悪くない店だと眺めていたら、当然といえば当然だが捕まってしまった。聞けば社長は日本人で、オープンは去年の9月との事。綺麗なはずである。
中に入るとその社長が居た。40代位の彼は私にこんな挨拶をした。
「私共の店は通りから入った所にあり、営業的に不利です。その分マッサージの方は、2時間といったら2時間、きっちりやるように躾けています。どうぞひいきにしてやって下さい」
いつのまに笑窪のかわいい女性が控えている。彼女の笑窪は一つだけ、右側だけである。
私が社長に挨拶を返し、彼女の方を向いて頷くと、その片方だけの大きな笑窪を作って微笑んでいた。足を洗って貰い部屋に上がる。
清潔な部屋だった。掃除も行き届いている。彼女はちょっと太めだがチャーミングだ。彼女の名前はナ・ラア、30才、バンコク出身、子供一人。

オクサンの店はこのように専用の足洗い場があり設備が整っている。普通はマッサージ嬢がお湯の入った桶を運んできてしゃがんで洗ってくれる。ちょうど時代劇の旅籠に着いた旅人のシーンにそっくりだ。
私はいつもマッサージをして貰いながら本を見ている。旅の指差し会話帳・タイ編という本である。そして声を出して読んで彼女達に聞いて貰う。
すると彼女らはすぐ興味を持ち、側に来て親切に教えてくれる。側に来るからちょっとおっぱい辺りをつついたりして様子を見る。ほとんどの場合ここで三つに別れる。
@ すぐ離れ、マッサージの仕事を再開する。
A 私のいたずらに便乗する。
B 軽く避ける。形だけの事が多いがそうでない時もたまにある。
珍しい事に今日のナ・ラアはその何れでもなかった。最初からタイ語の本に興味を示さない。だが無愛想ではない。話しかければ特徴のある笑窪を作ってちゃんと答える。
彼女は日本語がほとんど駄目である。一つの意志を伝えるのにかなりの時間がかかる。
会話帳を使って話した今日唯一の会話は、
「日本のあなたの奥さんは綺麗ですか?」
「死んだ。だから貴女が奥さんになってくれると幸せだ」
「オクサン?・・・コップクンカー」
これだけの会話に30分はかかった。
奥さん。タイ語では妻の事をミヤという。彼女はミヤというタイ語より、オクサンという日本語が気に入ったようだった。日本語にほとんど興味を見せない彼女が、何度も『オクサン・・』と、呟いていた。
私はすぐニックネームをつける。この日以降、彼女の名前はナ・ラアではなくオクサンになる。
オクサンは、私と身体が触れるとすぐ逃げる。大きな胸なんか触る前に逃げてしまう。処置無しである。
だが、本当に拒否しているのだろうか。顔を見るとまんざらそうでもないような気がするのだが・・・。
時間になるとオクサンは、遠慮がちにその旨告げる。
「私の名前はオクサン、ナンバーは8です。明日も来て下さい」
と、彼女は片言で挨拶すると、私の手帳に携帯の番号を書いていた。
私はオクサンと別れてホテルへの帰り道、何故かニヤニヤしていたような気がする。
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