懐かしき磯の思い出 二題
まず始めの一題は、わが釣友であり親友の金ちゃんが、ある社内誌に1982年2月頃書いたもので、本人の了解を得て、ここに掲載するものです。本文中「ウォルサムもミンクのコート・・」云々とあるのは、彼がテレビ番組「おもろい夫婦」に出演した時、もらつたものです
 ヒラマサブームが、紀東方面で起こったのは、オキアミの出始めた1977年〜1979年頃だったと思うが、この物語はそのブ−ムが終わろうとしていた頃のものです。
第一話 釣行奇談 八丈島の夜泣き婆ア
 ♪^〜鳥も通わぬ・・・・・・・♪、と歌われた八丈島も、今では小牧空港(現在この路線は廃止されている)から七十分のフライトで行く事が出来る。いささかぜいたくな釣行になるが、磯の大物釣りのメッカとなって居る。
 去年の1月、釣友と二人で大物シマアジに挑戦すべく、八丈島行きを計画した。
魚と人間のエサ代、睡眠薬代りのアルコール類、そして航空券・・・・と、予算をはじいて行くと旅館代が無くなってしまった。今更断念するのもシャクにさわるし、翌朝早く、他の釣人が来る前に好釣場を確保しておきたいという下心もあって、夜は磯泊りをすることにした。
 さて、釣道具、自炊用具、寝袋などを身に付けてみると、2人共まるで浮浪者の夜逃げ同然の姿になってしまったが、勇躍一路、八丈島空港へ到着した。

経験豊かな釣師は、漁場付近の釣具店へ行って、最新の情報を仕入れることからオペレーションを開始するものである。
 私達もエサ、小道具類を買いながら、島の釣具店で色々と話を聞き、風向きも考慮に入れて、今回の釣場は石積みの鼻という、島の最東端の磯に決めた。
 「夜は磯泊りをする」というと、釣具店の夫婦が真剣な顔をして、「それはよしなさい」と止める。その訳はこういう事である。
 先日、東京から来た釣人が、島の人達の止めるのも聞かず、「石積みの鼻」で夜釣りをしたところ、朝の四時頃 
    「お寒うございます・・・・・・・・」
 という、老婆のすすり泣くような声が数度くり返して聞こえたそうである。
その釣人は、真ッ青の顔をして磯からもどって来て、朝一番の飛行機で東京へ帰ってしまったとの由。

 昔から八丈島には、流人に関係した悲しい物語、幽霊話がよくあるが、これは最近の事でもあり、尋常の話ではない。一時野宿は止そうかと考えたが、2人の財布には旅館代は残っていない。
 「俺たちの顔を見たら、幽霊の方が逃げて行かア。」
 「夜泣き婆アが出たら、ロープでひっくくり、名古屋ヘ連れて帰って、テレビに出演させてやるワイ。」
 「キンちゃん、そうしたらまた、外国の時計と毛皮のコ−トがもらえるゾ-。」
などと、勝手な強がりを言いつつ釣具店をあとにした。

 その日は大した釣果もなく、カップヌードルに魚肉ソーセージの夕食を了えると、早々に寝袋の中に身を入れた。
 夜は徐々に更けて行き、溶岩質の磯にとり残されたのは、小生と釣友の二人のみ、ドドドオ- ドドドオ-、 と磯打つ浪の音は段段とスゴ味を益していく。そして灯台の光が周期的に付近の溶岩の奇形を浮かばせる。すると、すぐ隣に居るデ-氏の顔が、昼間釣具店夫婦に聞いた「夜泣き婆ア」の形相に心なしか似て見えて来る。
 木から落ちたミノ虫よろしく、寝袋から首を出し、ダルマをラッパ飲みしている間に、幽霊のことも忘れて眠入ってしまった。

 早朝、島人の声で目を覚ます。寝袋を通して浸み入る寒気で、身体が縛られてしまった様である。
 幽霊が出て来なかった安ド感で、大きくノビをしながら寝袋から出る。隣のデ-氏に声を掛けても仲仲起きて来ない。身体をゆすって起すと、デ-氏、寝袋から顔を出し、開口一番。
 「キンちゃん、聞こえたゾ-!」
 ひきつった顔をしながら彼が言うには朝方、「オ・サ・ム・ウ・ゴ・ザ・イ・マ・ス・・・・」という、老婆のすすり泣くような声が二度、三度聞こえたそうだ。
 デ-氏の聞いたのが、本当に幽霊の声だったのか、磯を切る風の音だったのか、それとも、僕の寝息だったのか? 今だもって判らない。だけども、「おもろい夫婦」出演後は、ウォルサムもミンクのコ−トも無料{(タダ)でもらっていない事だけは残念ながら事実である。


二題目は、私がある社内誌に書いたものです。1982年終わり頃、ヒラマサブームも終焉しつつあった時期の話です。
第二話 釣りバカの記(ヒラマサの章)
 11月某日午後9時、釣友金ちゃんと朝鮮焼肉を腹一杯詰め込み、ニンニクをぷんぷん匂わせて名古屋を出発した。目的地は国道42(シ二)号を一路南下、三重県尾鷲市三木里、我らのホ−ムグランドである。狙いは、言わずと知れたヒラマサ!!

 我々がヒラマサを狙い出してからもう3〜4年になるが、掛けても殆んどバラしてばかり、10匹掛けて1〜2匹釣り上げれば良いほうである。釣るのがむつかしい魚ほど釣人を熱狂させる。ヒラマサ狂いが昂じて、八丈島遠征へと発展。その度が過ぎて、会社では、金ちゃん共々社長からニラまれる。家庭では、カミさんが「別れるワ」、「もう切れるワ」と言い出す一幕もあった。今となって見れば、ホロ苦くも楽しい思い出と、反省の色も無く飛び出してきた。

 午前1時半、有利丸渡船店に着く。缶ビールを飲みながら仕掛けを作り、明日の大漁を夢見ながら、しばしの仮眠をとる。
「おはようございます」と、渡船店のおかみさんに午前5時半起される。焼肉でスタミナを付けてあるので、睡眠不足も苦にならない。6時に勇躍出船する。

 湾口の検問所 (渡船の出船時刻と人員を監視する漁協の船) を過ぎると、各船共一斉に沖合に向けてフルスピードで急行する。 この時のスリル・期待感は、磯釣りをやった事が無い人には判らないだろう。金ちゃんなどは、「飛ばせ!! 突っ込め!!!」と、あたり構わず船頭をけしかけて、わめき散らして居る。

 沖に出るに従ってウネリがかなり出て来た。我々は、沖磯灯台下の「長バエ」を釣場と決めた。この磯はヒラマサの回遊がある一級磯である。同乗の人は3〜4mという高いウネリに恐れをなして、この磯に上がるのを断念したが、これ位の波を恐がって居てはヒラマサの顔を拝むことは出来ない。波の合間をみはからって、先ず金ちゃんが、続いて私がヒラリ・バタンと磯へ飛び移った。

 いつも釣る先端の低い所は波で洗われている。道具類を波でもっていかれないように、高い所に一まとめに置くと、マキ餌をし、仕掛けを手早くセットする。午前6時半第一投。これ位の波気がヒラマサ釣りには最高である。今日こそは何となく釣れそうな気がする。力をこめて二投・三投するが、上がってくるのはエサの無くなったハリばかり。エサ取りの小魚が多い様である。諦めずに竿を振り続ける。

  先端の低い所で釣っていた人が、40cm位のハマチをゴボ−抜きに釣り上げる。いよいよ時合とばかりに、竿を投げる手に力が入る。 しかし、フグ一匹掛かってこない。波が一段高くなり、時々シブキがかかる様になって来た。この状態をみて、有利丸の船長は午前七時半に 「釣り中止」の合図を送ってきた。これ以上頑張れば、海上保安庁のヘリコプター (金ちゃんは、五ヶ所湾で一度お世話になっている) のお世話にならねばならない。止む無く竿を納めることにした。

 帰りの渡船の中で、金ちゃんがこうつぶやいた。「あ〜、 今日もボウズか、かといってこの坊主にはアデランスも被せられず・・・・」



ヒラマサ


BGM:ベ−ト−ベンの「バガテル」
BGM:
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