八丈よいとこ、八丈島遠征
    第1回 1980年07月03日(木)〜07月05日(土)
  第2回 1981年01月15日(木)〜01月17日(土)
    第3回 1981年07月04日(土)〜07月06日(月)
  第4回 1981年11月21日(土)〜11月23日(月)

2001.03.01 UP

 八丈島遠征釣行に火を付けたのは、た〜ちゃんであった。
た〜ちゃんは1979年11月、八丈島に新婚旅行で行った。
帰って来ての第一声が「八丈では、ヒラマサが、ガボガボ釣れるぞ。」であった。
これにマタマタ、わが金ちゃんが喰いついた。私も釣り上げられてしまった。

 天草と同じく、見事なまでに記録も写真も無い。今思えば残念なのだが、当時は写真なんて、何時でも撮れるからと意に介さなかった。
 
 八丈島へは、無い記録をかき集めて見ると、1980年7月から1981年11月のわずか
一年半の間に、4回も行っている。今思えば、よくお金があったものだと感心する。

金ちゃんの言い草ではないが、「金は天下の回り物」、いざとなれば何とかなるものか。

 さらに感心するのは、金ちゃんは、この後八丈島へ、1人で1回と奥さんと1回、2年ほどの間に合計6回も行ったのだ。

八丈島の地図(もっと大きな地図を見たい方はこちらをクリック)
この地図の著作権は八丈島パ−クホテルさんに有ります。
八丈の情報八丈.コム

八丈島で行った釣り場と釣果
 記憶のみで書きますので、思い違い、記憶違いもあるかもしれません。それと何回目の釣行で行ったかなど、正確ではアリマセン。その辺のところを割り引いてお読みください。誇張を入れず書きます。
石積の鼻(イシズミノハナ)
八丈の磯の中でも、ここは一級磯である。この磯のことは「磯の思い出」中の、金ちゃんの「八丈島の夜泣き婆ア」に書いてあります。しかし釣果は無かったようです。

藍ケ江港(アイガエコウ)
 港に降りて行くと、左に高い堤防(海面から高さ約10m)が伸びている。
先端から2〜3m離れたところに、約3m四方の豆腐状の離れがあった。
地元の人達は、板切れを渡してここに乗り、ヒラマサ、シマアジを狙う。一級ポイント。

 ここでの釣果は、高い堤防の中ほどから、カゴ仕掛けで20〜30m投げて
シマアジの50cmが2〜3匹、右手の低い堤防から、すぐ足元でヒラマサ50cm〜60cm
地元の人は、コマサとかチョロマサとか言ってカラカウが、すぐ足元で見えているヒラマサが釣れるから面白い。1匹掛けて泳がせておくと、仲間のヒラマサが寄って来る
そこへ、オキアミのエサを落とすと、すぐパクリと食いつく。一人2〜3匹釣れば十分である。

夜釣り やはり右手の堤防で、サバの切り身、底もの仕掛けで、フエフキダイ、60cm前後
夜釣り 港内で時季になるとゴマサバ、アオリ烏賊など

乙千代ケ浜(オッチョガハマ)
ここへ行った時、海が荒れていて、ワンドの奥の高台(海面上10m)からの釣りで風もあり
なかなか思うような釣りが出来なかった。スカエ−ス(地方によってはウシグレ)の40cmくらいが1匹

国のみち

この磯の名前の由来は、多分江戸時代、流人が本土を思って付けたのか。
本土に向かって伸びているような磯である。
ここでも釣果は無かったが、大物ヒラマサらしき魚に10号ハリスをブチ切られた。ダツ、ヤガラは一杯。

機会があったら行きたい磯
八丈小島
 
渡船でしか行けない超一級磯。予算の関係で行けなかった。次回があったら、是非行きたい。
グレ、ヒラマサなどシ−ズンになると大釣りが期待できる。
小岩戸の鼻

 八丈最南端の一級磯。地磯であるから歩いても行けるが、30分〜60分?掛かる。渡船利用がお薦め。
吉田さんに案内して貰う予定であったが実現しなかった。

八丈島で会った人達
吉田さん
 この人ほど正体がワカラナイ人はいない。奈良の旅館の倅だと言っていたが
本当かどうかワカラナイ。
職業は何かワカラナイ。磯の案内でもしていたのか。
浮田時子さんの家に下宿?していた。

知り合ったキッカケは金ちゃん、藍ケ江港だったと思う。
 藍ケ江港はアオリ烏賊の名所らしく、自分でエギを作り、風呂の中で、沈み具合を実験しながら完成するそうだ。今思えばヨダレが垂れそうだが、当時はアオリ烏賊には、全然興味無かった。
 吉田さんは当時、ダ○ワのカ−ボンヒラマサ竿とABU7000で楽々100mくらい投げて、ヒラマサの10kg以上を釣る事数知れずといった感じであった。
 カ−ボンのヒラマサ竿はまだ出始めて間が無かった。わたしもカ−ボンのヒラマサ竿とABU7000を買い、ヒラマサ釣りに備えたが、結局10kgのヒラマサは釣れなかった。現在このセットは、物置の片隅で出番の無いまま、寂しく?待っている。


浮田時子さん
 関が原の役で敗れ、八丈島に流された浮田秀家の子孫。
代が代であればお姫様である。吉田さんの友達。
職業は、漁師さん相手の理髪店。
金ちゃんと私は一晩泊めて貰った。勿論吉田さんも一緒だった。

菊地さん
 タクシ−の運転士さん。釣り好き。八丈には本土から、移住した人が多いが彼もその1人である。最初知り合ったキッカケは、多分空港から乗り、磯へ連れて行って貰ったのかな。

政兄ぃ(まさあにい)
 ペンションのご主人の親爺。海亀をホルマリン漬けにして、剥製を作る仕事を長くやっていたので、ホルマリンで脳をヤラレ、可也ボケていた。まだ70歳前後だった。

ペンションのご主人と奥さん
 吉田さんに紹介して貰ったペンションのご主人。政兄ぃ(まさあにい)の息子。奥さんは綺麗な人で、まさにペンションの女主人といった感じであった。
どうしても、ペンションの名前が、思い出せない。カタカナの名前だったような。ペンションのラウンジから右手下に「団さん下」が見下ろせた。その当時建てて間が無い感じであった。もう一度行ってみたいな〜。

八丈島で食べた物
海亀(アサヒガメ)

 八丈では、海亀祭りをやり、海亀を食う習慣があるようだ。
吉田さんが持ってきた海亀をペンションで料理して貰って食べる。
初めてであったが、見た目よりアッサリした、鶏肉といった感じであったが
脂身は
グリ−ンでチョット、グロテスクだが旨い。

シマアジの刺身
自分で釣ったシマアジの刺身を食べるのは始めてであった。超美味。

イスズミ
 これはグレ釣りの外道として釣れるが嫌われ者である。八丈の人は匂う(臭う)魚も平気みたい。その代わり工夫している。焼酎に鷹の爪を漬け込んだエキスを醤油に垂らし、皮付きの刺身で、夏でも平気で食べる。これが又結構いける。

クサヤ
 八丈名物である。ムロアジを代代受け継がれたエキスに浸したものを干した干物である。
釣具店で焼いたものを食べたが、不味くはないが、癖になるほどオイシイものではなかった。

明日葉(アシタバ)
 名前の由来は、「今日摘み取っても明日には葉が出る」からきている。
セリ科の大型多年草、伊豆七島など温かいところに自生している。
自宅で栽培したが、冬、霜に当たると枯れる。
天ぷら、ごまあえ、などで食す。少し苦味あり。慣れるとクセになる。
江戸時代、飢饉の時、流人が食料として飢えを凌いだという。
健康食品、糖尿病に良いという。
島の人にハゲが少ないという。一説には、明日葉を食するからだという説がある。

八丈島で飲んだ焼酎
 これはもう「島の華」(樫立酒造)に決定。焼酎は天草でもそうだが、熱い気候、土地のもの、それを真夏に、それも真昼間に飲むのが最高。藍ケ江港(アイガエコウ)の高い堤防の上でラッパ飲みをし、フラフラしてた。よくぞ堤防から、落ちなかったと今は反省している

八丈島遠征費用は? 
 第一回、第二回は、5万円くらいで済んだ。航空運賃が往復で10.000〜14.000で、宿に泊まらなかっ
た。
航空運賃が行くたびに値上げされ、第4回の時は往復35.000くらいだったと思う。それで10万円掛かるようになった。
その内に、小牧空港から八丈への便が廃止されてしまった。
羽田からとか、竹芝の船便もあるが、金が掛かるため、自然に八丈行きが遠のいた。